これからの展望

みなさん、こんにちは。
なかなか筆が動かず、「そろそろここもおしまいかな...」と思っていたのですが、ふとしたきっかけでまた少しだけ頑張ってみようかなと思います。まぁ、ダメな時はまたそのとき考えるということでねw

今日図書館に行って、気合いを入れて新しい本を書き始めました。
「新しい」と言っても、これまでしっかりとした文章はこのブログ程度しか残してこなかったので、「ちゃんとした体裁の」といったほうがいいでしょうか。

いつからか、周囲に「本は書いてないの?」「何か書いてる?」ときかれるようになりました。その時々に「いちおう...」とは言うものの、そのときどきで感じたことをノートに書く程度で(いわゆる断片というものですね)、なかなかしっかりとした物は残してきませんでした。

最近調子もよいし、暖かくなってきて冬またキツいかも知れない...と考えたときに、「やはり何か残したい」と思いました。調子のいい時に(この先ずっといいかも知れませんが、それは神のみぞ知るという奴でね)何か残しておこう、と。

最近思っているのは「難しくない、生きるための考え」です。
哲学の言葉をなるべく封印して、簡単な言葉を駆使して「生きる」ということにして、前向きに語ってみたい。んで、そんなことを書くことにしました。

これまで「神は死んだ」調の刺さる様な文章を描いてきた身には、丁寧な表現をしながら明快に「生の肯定」を語るのはむずがゆいですし、難しいです。しかし今回の二つ目のテーマは、「誰にでも読めそうな」です。

僕は思います。「どんなにいい思想でも読まれなければ意味がない」と。(当たり前ですがw)

自分には書くことでしか生きる道がないのかもしれません。「書く」以外でも、やはり自分で表現する何かだと思います。でもまだ自分では何者なのか、自分でも把握してませんが。

とにかく今はこのテーマを深く掘り下げて、なるべく毎日図書館に通って、書いて、いつでも自分の考えを表明する準備は整えておきたいと思います。それだけでも、出版の見込みはまったくありませんが(w)いいと思います。

それが自分にとっての何かになれば、と思うのです。

自己表現によって、自分が救われればそれでいいのです。だって自分の人生なんだもの。

そんなことをいま考えています。

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亀山薫の居ない「相棒」はどうなのよ?--Season7第14話

正月特番以来久々に相棒見ました。以下ネタバレ込みの感想です。

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配役見た時からちょっと不安だったんですが...奥山佳恵にさとうやすえってどうよ?
女優としてテレビであまり見かけなくなった人たちが、杉下右京を前にしてどうなのか不安なんですが...。でも、まぁそこら辺は演技がよかったら解消されたんですけど、個人的にはいまいちでした。

これは相棒シリーズ通していえる事なんですが、犯人役の人の演技がいまいちで楽しめないってのは、「右京さん」ってキャラが完全に確立されてしまっているからなのか、コントラストで下手に見えます。

それだけのビハインドがあるのに、帝都歌劇団もチャチく見えました。学芸会じゃないんだから。奥山佳恵の舞台化粧のアップも別の意味でキツかったかな....w。ひいたまま撮ればよかったものを。

脚本だけは最高なんですけどね。
予算的に連ドラでは帝都歌劇団の世界観(まぁ平たくいうと宝塚)を、イメージそっくり実現って線は難しかったのでしょう。しかしそれでは、殺人までやってしまう犯人の気持ちが理解できなくなってしまいます。「帝都歌劇団の主役がどれだけ価値の大きい物か」ってところを魅せないと、厳しかったかと思います。

さて、薫さんが居ない訳ですが、米沢さんでは替わりはちと厳しく、毎回田畑智子のようなゲストに頼る事もできず(田畑智子が「相棒」ならきっと毎回ビデオに撮ってましたw)、なーんか宙に浮かんでますが、やっぱり失敗じゃないの?

「相棒」なのに相棒いねぇし、やはり初期設定ごといじってしまうってのは、マンネリ解消の策としては突飛だった気がします。もっとも、今回のシーズンはそういう狙いってことなら僕の誤りなんですが...。

元々天才型の右京さんは冴えまくってて解決するの早いし、つまらん。

見てる方としても、「孤独な天才型が解決していくタイプのドラマ」ってのは古畑という前任者がいる訳なので、それが右京さんだったとしても「ただのサスペンス」に成り下がっているような気がしますが、さてこの先どうなるのか。

ちなみにテレ朝では「おみやさん」って推理ドラマも人気あるんですね。こちらの方はどこがいいのかという時点でまったく分かりません。

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誤った決断の末何が起きたか--なんとなく他人事とは思えない話

僕はノンフィクションが好きで、アンビリーバボーもよく見るのですが、今日の物語は悲劇的でありながら、とても興味深い作品だったと思います。(バックナンバーの2009年2月5日「ヨットレース史上最大の謎」参照)

話はこうです。
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ドナルド・クロウハーストはイギリスの小さな事業者でしたが、あまり会社は上手くいってませんでした。
そんななか、彼は趣味であるヨットで、自分が開発した航海用ナビゲータを駆使して世界一周単独無寄港のレース(※1)に参加することを決意。成功すればナビゲータが売れて会社の経営も上手くいくと思ったのです。

しかし航海してみるとトラブルが起きて(※2)アルゼンチンにやむなく寄港、本来なら彼は失格ですが、彼は寄港していないように見せかけ、さらに無線の電源を切って通信不能に見せかけ、アルゼンチン沖で時間をつぶし、南大西洋に他の参加者が来たら首尾よく通信を再開、102日間のあいだ航海してきたと見せかけたのです。

でも、102日間で喜望峰からホーン岬まできたとするのは無理がありました。当時は単独無寄港だけでも大変な時代だったのです。大西洋上で彼は悩みました。そして、持ち帰った航海ノートによって不正が暴かれ全てを失う事を不安に思い、さらには折からの孤独によって精神を病み、耐えられずに自殺してしまいます。
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この事件に関しては、アンビリーバボーのサイトの他、こちらにも詳しい記述が
ttp://roanoke.hp.infoseek.co.jp/vanishing%20file/Crowhurst.htm

このクロウハーストという人について、「不正を働いた悪漢」というのがイメージだと思いますが、僕はあまりそういう感じはしませんでした。
彼は事業もうまくいっていなくて借金を抱えていた、家族にそれを告げる事ができなかった、ヨットレースのため多額の借金をしなければならなかった、さらには棄権失格になればヨット代の借金が増える...と、八方ふさがりでした。

彼に残された道はただひとつ。
「このレースで完走して、自分の事業を成功させる」
ということのみ。...そう考えれば、イギリスの港を出た時点で彼の人生の大きな賭けだったんだと思います。

不正を犯しても「完走」することしか意味はなさないというのは、彼の精神を追いつめたのではないか。

彼が不正に手を染めなければならなかったこと、あるいは大西洋上での孤独な浸水との戦いを想像してみるに、彼がどんなにつらい思いでその現実と一人で戦わなければならなかったのか、かなしい気持ちになります。

僕は鬱というのは、暗い海を一人で航行するようなものだと思います。僕自身の体験です。

クロウハーストは浅はかな考えで結果的に死に至る出来事を起こしてしまいましたが、どの人にも違う様な形で大なり小なり身に降り掛かる出来事かと思います。死ぬとか死なないとか、そういう形でなくとも、どの人にも「後に引けない事」という決断はしなければならない。

彼は決断を間違えたけど、僕は「決断は間違えない」という自信もない。
つまり、誰であれ彼の様な「苦悩する出来事・苦悩する決断」を迫られることがあるだろうし、後悔することもあるだろうなと、なんだか他人事ではすまされないような、とても強い思いが残りました。

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ヨットレースで単独無寄港というと、今行われているヴァンデ・グローブでしょうか。90年代には失踪者も出ていますし、今でもとても危険なレースであることには変わり有りません。

※1 Sunday Times Golden Globe Race<サンデータイムズ・ゴールデン・グローブ・レース>当時は参加基準に「○以上の航海を成功した」などと明確な規定はなかったよう。
※2 技術の未熟さにくわえて、ヨットを作る期間が短く、換えの部品を詰み忘れるなどのミスがあったという

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子供にゲームをさせない大人

昨日ばっーとニュース読んでたらJ-CASTがこんな記事を出していました

「脳トレで記憶力アップ無理」 仏国教授調査の中身

まあ、なんとも言えないなぁ。
気になったのはこちらでした

「脳トレ」川島教授のゲーム異論 「子供の貴重な時間の浪費」

自分の子どもには、週に1時間しかゲームを許可していない。その理由が「ゲームは子供の大切な時間を浪費させる」からだそうだ。

えーーー
ゲーム作ってる大人は子供にはやらせんのか。違和感あるなぁ。
孫引きになるけど

彼らが規則を破ったとき、一度ディスクを破壊しました

なんてのも本当だとしたら、ひどい話だ。

僕は子供のころ、一人っ子だったことも有ってか好きにゲームしてました。
てか週に一時間ではゲームが進まないし、RPGなんて無理なんだろうな。川島氏はゲームについてどれだけ見識がお有りなんでしょうか。

それから、ゲームやっていると教わる事もたくさんあると思うんですよね。
まだスーファミだったころパスワードを覚えなくちゃならなくて間違えて死亡とか、高い金だして買って来たのにつまらんor難しいとか、結構いろいろな事、僕は経験しました。
いまでも難解なパスワードを繰り出してくる相撲のゲーム覚えているもんな。ゲーム内容よりそっちの方が記憶に残ってるっていうw

子供にぐらい、好きな事を好きなだけさせたいものです。
まあ、こんな私に言われたとてまったく説得力のかけらもないでしょうがw

ちなみに、脳トレって本当に効果あるんだろうか?
個人的にはそんなゲームやるより「A列車で行こう」みたいなので黒字だす経営に心血注いだ方が、よっぽど面白くて鍛えられると思うのですが。

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きもちわるい人

CIGAZINEによると、ベラルーシでひとりのストリーキングが逮捕された。

街中に全裸の男が現れるが、あまりの気持ち悪さに警察は逮捕できず

人間の織りなす業は時に作られたコメディより面白いです。
写真だけではなんとも分かりませんが、一体何が気持ち悪かったのでしょう?
でも、最後にきっちりオチがついている所がいいです。
4枚目の手前に映ってるおじさんもいい味出してますねw

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あけました

お久しぶりです。無事に2009年を迎えました。また新しい一年を迎えられて嬉しい限りです。

今年はどんな年にしようかはあんまり考えていないです。
とにかく「好き」にやりたい。
一日一日の積み木を積み重ねてそれが一つの作品になれば幸いです。

このブログも、もう少し頑張って(?)続けてみようかな、と。
できるところまでですね。

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情熱を失ってしまった

僕は情熱を失いました。
いま、毎日ぼんやりと焦点のない生活を送っています。


2000年から鬱になって、努力して徐々に元気を取り戻して、色々な事を考える日々を送ってきました。
でも、考えれば考える程、鬱によって失ってしまった僕の高校時代、そしてあるはずだった大学時代、それを失ってただカレンダーをめくるだけの自分がそこに居て、ハッと気がついたら僕は24歳を前にしていて、僕は何をしているのだろう、僕はどうしたのだろうと考えました。


二年ぐらい前から、これからできることについて色々と考えていました。
長野に行ってみたり、スポーツをしたり、サッカーやフランス語や、人生についてのさまざまな探求、それは何かを見つける為の日々、そういう時間がありました。

しかし"いま"の自分、ここにある現実というのがとても辛くて、だんだんと毎日がのっぺりとした物になっていきました。

僕は家に引きこもって自分の世界に埋もれた人生なんて嫌だし、そういう人たちは嫌いだし、いまの自分も何か変えなければならないと思います。
でもいつのまにか、何にも情熱がわかなくなりました。


僕は立体的に日々を感じられなくなってしまった。
四季を感じられない。
感動を感じられない。


その原因の大部分は、きっと、失ってしまった10代後半への落胆にあるように思います。

随分弱い人間だと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、僕にとって鬱と、それによって失った様々な物は、僕のコンプレックスであり、僕の陰となって、後ろをひたひたと追っています。

そしてそれは永遠に続く物であり、24歳を前にした今、これからのことをどうしようもできない自分に纏わりつくのです。


僕はこれからの人生について何も考える事ができないし、
いま自分のことついてどうしようとか、そういう事を考える気力もありません。

自分の陰に対して「消えてくれ」ということはできないのです。


このブログは、改めて不定期更新にします。
次に更新するのは来月かもしれないし、来年かもしれません。

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不調!

最近調子悪いです。

2週間ぐらい休みかな...。特段ネタを引っ張ってくる気力もないし...。
6月はきまって毎年調子悪い。

全国ニュースでは扱いが小さくなってる感のある地震ネタですが、
地元ニュースを見る限りでは、問題はあまり解消されてないように思えます。

今日で自衛隊や他県の消防が全て引き上げていましたが、
地元の消防警察だけでこれからの問題を解決できるとは、ちょっと思えないですね。

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